市長ブログ(平成22年)

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2010年7月31日 これからの日本


 政府民主党は、1兆円規模を見込んだ医療、環境などの成長分野に重点配分する「元気な日本復活特別枠」を決定しました。配分は、公開の場で優先順位を検討する「政策コンテスト」を経て菅首相が決定し、財源は社会保障費を除く全省庁から一律10%削減して捻出するとしています。
 確かに、今後の日本経済を考えたとき、コスト面だけでインドや中国などの新興国と戦うことは愚かだと思います。人口が増え続けているこれらの国と、「量」で戦うことには無理があります。
 私は、かねてから日本は潜在的な職人技を持つ国であり、これを原動力とするべきだと考えておりました。言い換えますと、これからの時代を担う人々は、涼しい所でパソコンばかり打つデジタル人間ではなく、腕に技を持ったアナログ人間であり、今後さらに育成していく必要があるのではないでしょうか。日本国内には、戦後復興を成し遂げた知恵と技があります。特に、秩父市の山間部のように、高齢化率が特に高くても自立している集落に住む人々は、凄い”つわもの”の方ばかりです。このような方々の生き方から将来の方向性が見えてくると、ある専門家は述べています。まさに日本の行く末の鍵、即ち”環境立国”は、この秩父市の山々に住む方々の持つ知恵の中にヒントがある、とも言えると考えます。
 国民は、共生、健康、持続可能性というキーワードに強い関心を寄せており、これに沿って、新しいリーダーのもとで、新しい成長分野の企業を興していく必要があります。新たな企業には、新たな投資銀行が必要であり、強力な資金提供を受けながら企業発展していくと良いと考えます。
 日本復活を期待します。

2010年7月31日

小学校の授業風景 ※グラフをクリックするとPDF形式の資料をご覧いただけます。
 秩父市では、市内小・中学校の不登校児童生徒が、平成17年度には96名いましたが、平成21年度には44名と半分以下に減少しました。出現率でも、平成21年度は小学校で0.13%(20年度全国平均出現率0.32%)、中学校で1.84%(同3.053%)と明らかに低い結果となりました。
 不登校の児童生徒を少しでも減らすことは、子どもの健全育成のために最も基本的なことです。そこで、かねてから子どもたちが抱えるさまざまな問題の早期発見、早期対応に努め、きめ細かな支援を教育委員会が行ってまいりました。いじめ・不登校対策推進委員会(3回開催)、教育相談員の学校訪問(69回)、教育相談室への臨床心理士の配置(年間40日)、中学校へのさわやか相談員の配置、県立大学教授との連携による「小中連携支援シート」の活用などがその取り組みであり、日頃の成果がこのたび実ったのだと思います。
 関係した方々の熱心なご努力に対して、心から感謝申し上げます。

2010年7月30日

 33年の短い生涯を殉職という形で終わってしまった大沢敦隊員の葬儀と告別式が、しめやかに厳かに執り行われました。
 彼の死は、あまりに急に、あまりに衝撃的で、私といたしましてもまさに断腸の思いであります。
 大沢隊員は、今から十年前、平成12年に消防士を拝命され、平成20年4月から特別救助隊に所属となり、住民の生命と財産を守るべく日夜、業務に精励されておりました。責任感が強く、職務に忠実で、上司、同僚の信望も厚く、いよいよ消防士としてその力量を発揮されようとしていた矢先、まことに残念な防災ヘリ墜落事故に遭遇され殉職されてしまいました。
 このような形で、大沢隊員の未来が断ち切られたことは、痛恨きわまりなく、天をうらみ、神助の至らざるを嘆かざるをえない気持ちであります。
 葬儀会場では、生前のお写真が写し出されておりました。御家族にとって、良き父、良き夫であった面影が見てとれました。改めて、かけがえのない大沢隊員を突然失った御遺族様のお嘆きはいかばかりかと、泣き崩れる奥様にお慰めの言葉も見つかりませんでした。私といたしましても、微力ではありますが、御遺族の方々の今後について、できうる限りのサポートをしていければと思います。
 永遠の旅路に立たれた大沢隊員に、御家族の幸せを、特に、無邪気でかわいい御子息たちの将来を、静かなる世界から見守っていて、この悲しみを乗り越える力を授けてあげていただきたいと願うばかりです。
 そして、今までの御苦労に対し深い感謝をお贈りし、魂が安らかならんことを心からお祈りいたします。

2010年7月29日

2010年7月28日 夏山山岳特別救助隊

  私は、今から35年前に日本医科大学ワンダーフォーゲル部に所属していました。山岳医療に関心があり、北アルプスの太郎山北東、標高2330mにある山小屋の主人とも親しくさせていただいた関係もあったので、市長職になる前までは時間があるごとに山岳救助医療に携わってきました。
 2003年に、いつものように行程5時間の山小屋を目指して登っておりますと、途中で中年男性がうずくまっていました。顔面蒼白で脈はとぎれとぎれであり心筋梗塞ではないかと考え、山小屋の主人とすぐ連絡をとりました。30分程で富山県警山岳救助隊員の方に来ていただき、防災ヘリにて救助されたため、事なきをえたことを思い出しました。
 その後、毎年、多くの山岳救助隊員と山小屋でご一緒させていただき、いろいろな救出活動の話を伺いました。またあるときは、猛烈な嵐のなか、小屋から3時間程の山頂で遭難事故があり、こんな雨の中を出動するのかと思っていたところ、装備をまとめ飛び出して行きました。
 なにしろ、彼らは日常的に体を鍛え、山登りは常に走るものとしており、標準行程3日を要するところも日帰りで難無くこなすことが当たり前、また、どんな崖でも降りて救出できると自信を持って話してくれました。そして、危険があっても要請があればどんなところでも駆けつけることが”使命”であると、どの方も自信を持って話しておりました。
 夏山シーズン到来です。秩父地域には、多くの登山客がお出でになります。このように命がけの山岳救助隊員の方がおられるからこそ、安心して登山ができるのだと思います。登山客の方々も山を甘く見ず、常に危険をはらんでいることをご理解いただき、各自の山行には、くれぐれも細心の注意を払われるようお願いいたします。
 夕方から、故大沢敦特別救助隊員の通夜式がしめやかに営まれました。ご冥福を心からお祈りいたします。

2010年7月28日

2010年7月27日 献花

  秩父消防本部に今回の山岳救助で亡くなられました大沢敦特別救助隊員の献花台が設けられ謹んで献花を行いました。
 秩父の山岳はとても急峻で、山間にはいく筋もの渓流が流れ、ところどころに滝があり、そして、数多くの狭く深い谷を形成しています。昨今、滝を登る渓流クライミングは人気があり、大滝地区には多くの方々が沢登りに入っているとのことです。以前、私が甲武信岳頂上を訪れたとき、下から数人のロッククライマーが登ってきたのを憶えています。聞いたところ、難路である真ノ沢づたいに登ってきたとのことで大変驚きました。
 今回の事故現場は、以前にも事故があったと聞いています。一方、同じ日の夕方にはすぐ近くの渓谷で遭難事故があり、他県の防災ヘリが出動しましたが、残念ながら病院到着後に死亡を確認したとのことです。
 秩父地域の渓流は変化に富んでおり、魅力的な所ではありますが、樹林帯であり見通しが大変悪く、北アルプスなどの岩場と違った危険性があります。渓流深く登っていかれる登山者の方々には、十分注意し、危険な所には入らず、ぜひ安全な別ルートを進まれるようお願いいたします。このことは、万一の場合に救助に当たる職員が大変危険であるということをご理解していただきたいからです。
 今回の事故を通して、改めて、危険な場所で自分の身をさらして救助に取り組む特別救助隊員の方々の勇気に敬服いたしました。

※献花台・記帳台の開設:秩父消防本部1階ホールで7月29日(木)17時まで(22時から5時を除く)

2010年7月27日

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